心神喪失と判断されても放免にはならない?医療観察法の手続きについて

【事例】
Aさんは、以前から統合失調症に罹患しており、幻覚や幻聴により「友人のVを殺さなければAの家族や友人は皆殺しにされる」と考えるようになりました。
そしてある日、AさんはVさんを呼び出し、包丁で切り付けてVさんを殺害してしまいました。
Aさんはすぐに殺人罪で逮捕されましたが、「Vを殺さなければ家族や友人が皆殺しにされてしまう」という主張を続けています。
勾留中にAを診察した医師からは、今回の犯行は統合失調症による妄想に支配されたものによる可能性は非常に高いとの診断結果が出ました。
結果的に、Aさんは心神喪失を理由に殺人罪では不起訴になりましたが、医療観察法に基づき強制入院となりました。
(事例はフィクションです)

心神喪失と医療観察法

心神喪失を理由に無罪となる事例や、そもそも起訴されて刑事裁判になることすらなく、不起訴となる事例は一定程度存在しています。
精神障害が原因となって事件を起こされた方の弁護活動については当サイトの精神障害がある方の弁護活動のページも参照してください。
最近でも、神戸で起きた殺人事件で一審、二審ともに心神喪失を理由として無罪判決が出ており、上告せずに確定しています。
また、京アニ放火事件でも弁護側は心神喪失を主張しています。

心神喪失を理由として無罪や不起訴になった場合、その後の手続きはどうなるのでしょうか。
「無罪放免となって普通に生活しているのでは」と思う方も多いかもしれません。
しかし、実際にはそういうわけではありません。
心神喪失などにより無罪判決を受けた場合には、「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」(略称:医療観察法)に基づき、入院手続きに移行していきます。
これは罰として入院をさせるのではなく、社会復帰のために適切な医療を受けさせるための手続きになります。
では、医療観察法の内容を概観してみましょう。

医療観察法の対象

医療観察法による手続きの対象となる事件は、心神喪失などにより無罪となったすべての事件というわけではありません。
医療観察法の対象となるのは、一定の重大犯罪に限られています(医療観察法2条1項)。
具体的には
・現住建造物等放火(未遂も含む、以下同じ)
・非現住建造物等放火
・建造物等以外放火
・不同意わいせつ
・不同意性交等
・監護者わいせつ及び監護者性交等
・殺人
・自殺関与及び同意殺人
・傷害
・強盗
・事後強盗
です。

また、対象者は
心神喪失や心神耗弱を理由として不起訴になった者
心神喪失を理由として無罪となって判決が確定した者
・心神耗弱を理由として刑を減軽する旨の判決を受けて確定した者
です(医療観察法2条2項9。
事例のAさんは心神喪失を理由に殺人罪は不起訴となっているので、Aさんは医療観察法の対象となります。なお殺人罪の容疑を架けられた場合の対応についてはこちらにも詳しく解説しています。

医療観察法の手続き~鑑定入院~

心神喪失などを理由として不起訴や無罪となった場合には、検察官が裁判所に対して入院又は通院の処遇を求める申立てを行います(医療観察法33条1項)。
この申立ては
・対象行為を行った際の精神障害を改善し
・これに伴って同様の行為を行うことなく、社会に復帰することを促進するためにこの法律による医療を受けさせる必要が明らかにないと認める場合
以外には必ず申立てをしなければならないという、義務的申立てになります(医療観察法33条1項)。
この例外に該当する場合は極めて少数だと思われるので、心神喪失などを理由として不起訴や無罪となった場合には、ほとんどの事例で入院又は通院の処遇を求める申立てが行われるでしょう。
入院又は通院の処遇を求める申立てが行われると、裁判所は対象者を指定の病院に入院させる「鑑定入院命令」を出します(医療観察法34条1項)。
この入院を鑑定入院と呼ぶこともあります。
鑑定入院の期間は2か月以内となっており、必要と認める場合には1か月を限度として延長することができます。
鑑定入院の間にどのようなことが行われるのかは不透明な部分もありますが、基本的には社会復帰に向けた治療(投薬などを中心とした医療)が行われて行きます。
ただ、鑑定入院は文字通り「鑑定のための」入院なので、「医療観察法に基づく医療を受けさせるべきか否かを判断するための入院」ということになります。

医療観察法の手続き~当初審判~

鑑定入院を通じて、担当の鑑定医が意見をまとめていき、裁判所に提出します。
精神障害の類型、過去の病歴、現在及び対象行為を行った当時の病状、治療状況、病状及び治療状況から予測される将来の症状、対象行為の内容、過去の他害行為の有無及び内容並びに当該対象者の性格などを考慮し、医療観察法に基づく医療を受けさせる必要性があるのかどうかを判断することになります。
そして、この鑑定結果を基礎として、最終的に入院治療や通院治療をすべきか否かを裁判所が判断します。
これを「当初審判」と呼びます。
当初審判では
・入院決定
・通院決定
・医療を行わない
のいずれかの結論が出されることになります。
入院決定が出た場合には、指定医療機関に入院させられ、本格的に入院治療が開始されることになります。
入院決定による入院期間は医療観察法には定められていません。
厚労省が公表しているガイドラインによると、治療期間を急性期(3か月)、回復期(9か月)、社会復帰期(6か月)の3つのステージに分け、約1年半で退院を目指すこととしています。
しかし、実際には2年や3年にわたって入院を強いられるケースも多いようです。

このように、心神喪失などによって不起訴や無罪になったとしても、その後は医療観察法に基づく入院期間になります。
医療観察法の手続き中は、弁護士は「付添人」として様々な活動をしていくことになります。
具体的にどのような活動ができるのかや、当初審判の具体的な内容については、次回以降にご紹介いたします。

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