【事例】
千葉県千葉市で一人暮らしをするAさん(65歳)は、仕事を定年退職した60歳頃から突然万引き事件を起こすようになって、2年前には罰金刑を受けました。
ご家族はAさんのことが心配になりながらも、Aさんは万引きをしてしまうこと以外には生活は問題なく送れており、万引きをしてしまう原因が分からず、どのように対応していいか分からなかったので、とりあえずAさんに対し「一人で買い物に行ってはいけないよ」と言っていました。
しかしながら、Aさんはまた万引き事件を起こして千葉東警察署の警察官に現行犯逮捕されました。
Aさんの家族はAさんの保釈が認められた後、専門機関を受診したところ、Aさんには前頭側頭型認知症の疑いがあると説明されました。
Aさんには国選弁護人がついていましたが、公判での弁護方針を相談するためにAさんとAさんの家族はあいち刑事事件総合法律事務所の法律相談を利用しました。
(事例はフィクションです)
今回の記事では上記の事例を使って、前頭側頭型認知症がどのようなものか、そして前頭側頭型認知症が犯罪とどのように関係していくかについてあいち刑事事件総合法律事務所の弁護士が解説します。
このページの目次
前頭側頭型認知症とは何か
今回の事例でAさんが診断された前頭側頭型認知症とはどのようなものなのでしょうか。
一般的に認知症として広く知られているアルツハイマー型の認知症とはどのような点で異なるのでしょうか。
前頭側頭型認知症とは、「神経変性」による認知症の一つで、脳の一部である「前頭葉」や「側頭葉前方」の委縮がみられ、他の認知症にはみられにくい、特徴的な症状を示します。
アルツハイマー型の認知症は脳の中で人の記憶をつかさどる海馬という部分から委縮し始めるので、この点で前頭側頭型認知症は異なります。
神経変性による認知症は、脳の中身である神経細胞が徐々に減ってしまったり、一部に本来みられない細胞ができ、脳が委縮することで発症することがわかっているといわれています。
脳の中で、前頭葉は「人格・社会性・言語」を、側頭葉は「記憶・聴覚・言語」を主につかさどっています。
そして前頭葉や側頭葉が正常に機能しなくなることで、前頭側頭型認知症の症状としては以下のような症状があるといわれています。
①社会性の欠如
自分の欲求を抑える事ができなくなり万引きなどの比較的軽微な犯罪を繰り返す、身だしなみに無頓着になるなどの社会性を欠いた行動をとるようになります。
②抑制が効かなくなる
相手に対して遠慮ができない、相手に対して暴力をふるうなどの自分に対して抑制のきかない行動をとるようになります。
③同じことを繰り返す
いつも同じ道順を歩き続ける、同じような動作を取り続けるといった、同じ行動を繰り返すようになります。
④感情の鈍麻
感情がにぶくなる、他人に共感できない、感情移入ができないといった、感情の鈍麻(どんま:感覚がにぶくなる)が起こります。その結果同居している家族に対し暴言を吐く、暴力をふるうという行動に出ることもあります。
このような症状に心当たりがある場合には是非一度専門機関での受診を検討されることをおすすめします。
弊所でも、明確な理由がなく万引きを繰り返してしまっている方に診断を勧めたところ、前頭型側頭型認知症の疑いがあると診断を受けた方がいました。
前頭型側頭型認知症の診断
前頭側頭型認知症を疑う場合、まず「問診」を行い、前頭側頭型認知症特有の症状が出ているかを確認するようです。
この際には、患者本人以外に家族にも同席してもらい、自宅での様子を客観的視点なから聞くようですので、本人の様子が気になるご家族の方は普段の様子で気になること、最近変わったことなどを記録されていくことをおすすめします。
問診の結果、前頭側頭型認知症の疑いがある場合には、アルツハイマー型の認知症と区別するためにCTやMRIによって前頭葉や側頭葉前部に委縮が認められるかを調べるようです。
アルツハイマーの場合は記憶をつかさどる「海馬」と呼ばれる部分から委縮が始まり、やがて脳全体が委縮するため、CTやMRIでも前頭側頭型認知症とアルツハイマー病は区別することができるようです。
また、必要に応じて脳内の血の流れを見るための「脳血流シンチグラフィー」や、がんの発見にも効果的な「PET」と呼ばれる検査によって、血流や代謝の低下を認めることで、前頭側頭葉型認知症と診断するようです。
前頭側頭型認知症と犯罪との関係
先ほど述べたように前頭型側頭型認知症の症状には、社会性を失い理性を持って行動できなくなることや、犯罪をしようと思う気持ちを抑制できなくなるといった症状があるので、犯罪につながりやすいといえます。
その一方でアルツハイマー型の認知症のように記憶力が低下するということはないので、前頭型側頭型認知症の症状の重さによっては生活には支障が出ない場合もあります。そして本人に、最近怒りっぽい、同じ話を何度もするといった症状が出ても年を取っただけかと見過ごされるケースも多いそうです。
また犯罪をする理由や動機については、物が欲しかったからなどとはっきり言えることがほとんどなので、捜査機関からも裁判所からも通常の万引き犯と変わらないように捉えられることがほとんどになります。
このような特徴から、たとえ前頭型側頭型認知症を発症してしまっていたとしても、発症に気づかず、通常の万引き犯と同様の手続きで刑罰を受けて、周囲も発症に気付かず対策を行うことができずに再犯に及んでしまうということが起こってしまいます。
今回の事例のAさんも最初に万引きをしてしまった時から前頭型側頭型認知症を発症し、物を手に入れたいという欲求が抑えにくい状態になっていたのかもしれません。
なかなか周囲の家族だけでは認知症を疑うことは難しいでしょうし、いざ疑問に思ってもなかなか受診を進めることに抵抗があるかもしれません。
是非万引きの動機や頻度などに疑問を感じられた方は是非一度ご家族を連れられてあいち刑事事件総合法律事務所の弁護士にご相談ください。
弊所の法律相談では万引きに至った経緯や理由、普段の行動に至るまで綿密に聴き取りをして、犯行の原因などについて精一杯考えさせていただきます。
万引き事件を起こしてしまった方の背景には加齢に伴う認知症だけでなく、規範意識に問題がある場合や窃盗症があるかもしれません。窃盗事件の弁護活動については、当サイトの窃盗事件のページや窃盗症について解説したページも参照してください。
次回の記事では同じ事例を基にして、前頭側頭型認知症であることが分かった方の公判での弁護活動や、その後の更生に向けてどのような方策があるかについて解説させていただきます。