
ASD(自閉スペクトラム症)やADHDなどの発達障害、知的障害、統合失調症などの精神障害——こうした特性や障害を抱えた方が刑事事件に関与してしまった場合に、その方が抱えている特性や障害にも目を向けることが重要です。これらの事件では、通常の刑事弁護に加えて、障害特性の正確な理解・医療との連携・福祉的支援への橋渡しといういわば「福祉的弁護」とでもいうべき視点が不可欠です。本記事では、障害を背景とした刑事事件における弁護士の役割と更生支援の全体像を解説します。
1 なぜ発達障害・精神障害が刑事事件につながるのか
発達障害や精神障害を持つ方が犯罪に関与してしまう背景には、「悪意」や「反社会性」ではなく、特性や障害による生きづらさや周囲との関係、生活上の困難などが一因となっている場合もあります。特性や障害そのものが罪を生むのではなく、そこから生じる困難に加え、孤立・困窮・二次障害などが重なり、結果として犯罪行為に至ってしまうケースもあります。
●発達障害や精神障害の例
ASD(自閉スペクトラム症)
社会的なルールや相手の意図を直感的に理解することに困難がある場合があり、対人関係上のトラブルや、状況に応じた適切な行動を取ることの難しさにつながることがあります。
ADHD(注意欠如・多動症)
衝動性や注意・計画性に関する困難が、金銭管理や対人関係、日常生活上のトラブルにつながることがあります。
知的障害
抽象的な説明を理解したり、行為の結果を具体的に予測したりすることに困難がある場合があります。
統合失調症・双極性障害
病状が悪化した状態での行動が問題となる場合があります。必要な医療につながっていなかったことが背景の一つとなっている場合もあります。
●障害が疑われる場合の弁護活動
見落とされがちな現実:発達障害・精神障害は「見た目にわかりにくい」ため、本人の障害特性が十分に考慮されないまま取調べや公判手続が進み、必要な支援につながらないまま、社会復帰後に再び生活上の困難を抱えるケースもあります。
障害と刑事責任——「責任能力」という法的問題
刑事事件において、精神障害等があるから当然に「責任能力」が否定されるわけではありませんが、障害による行為時の「責任能力」の有無や程度によっては刑事裁判にも影響を及ぼす場合があります。刑法39条は、心神喪失者の行為は罰しないとし、心神耗弱者の行為は刑を減軽すると定めています。
2 まとめ
| 責任能力の区分 | 意義 | 判決等への影響 |
| 心神喪失 | 精神障害等のため、行為の是非を弁識する能力または行動を制御する能力が「完全に」失われている状態 | 無罪(刑法39条1項)。ただし、一定の場合には医療観察法に基づく手続きに移行する場合も。 |
| 心神耗弱 | 上記の能力が著しく低下しているが、完全には失われていない状態 | 刑の必要的減軽(刑法39条2項) |
| 完全責任能力 | 障害があっても、行為時に弁識・制御能力が保たれていた場合 | 通常の刑事処分。ただし、情状として考慮される可能性あり。 |
起訴するか否かの段階では検察官が、判決の段階では裁判官が、責任能力の有無や程度を判断することになります。ただ、その判断にあたっては、精神科医による鑑定が重要な資料となることがあります。弁護士としても、責任能力が問題となる場合には、適切に鑑定等が行われているか確認したり、捜査機関や裁判所に促したり、必要に応じて診断書等の資料を収集し、精神鑑定の要否を検討したりするなど、本人の障害特性が適切に裁判官や検察官に考慮されるよう対応することが重要です。これが、障害のある方の刑事弁護において弁護士の役割が特に重要となる理由のひとつです。
重要な視点:刑法39条により刑事責任が否定・軽減されるのは、心神喪失や心神耗弱といえるほどの場合に限られます。しかし、心神喪失・心神耗弱に該当しない場合でも、障害の存在は、障害特性が犯行に至った経緯や動機、犯行後の対応、今後の生活環境や支援体制などに関連する場合には、量刑判断において考慮されることがあります。弁護士は責任能力の主張をする場合に限らず、特性や障害と事件の関係を丁寧に裁判所に説明する役割を担います。
次回の記事では実際にどのような点に注意して事件に対応していく必要があるのか、弁護士がとるべき弁護活動にはどのようなものがあるかについて解説します。
